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南極観測を自然エネルギーで ~昭和基地における太陽光発電システム稼働への挑戦~ 南極観測を自然エネルギーで ~昭和基地における太陽光発電システム稼働への挑戦~

「雪と氷に覆われた南極でも、太陽光発電システムから日本国内と同程度の発電量を得ることができる」

遠い南極の地で、そう実感したと新エネルギー技術部部長・井筒は語る。
その井筒の実感にはもちろん根拠がある。まず、高緯度に位置する南極では夏の太陽は沈まない。つまり24時間常に太陽光エネルギーを受給できる状態にある。また、エネルギーが地上にたどり着くまでには空気中の含有物によりエネルギー量が削減されてしまうのだが、南極の非常に澄んだ空気の中ではそれが最小限に抑えられる。過酷な環境ながらも、南極だからこその利点もあるのだ。

現在、南極の昭和基地にも太陽光発電システムが設置されている。これは日新電機が納入したものだ。1996年に南極という過酷な環境の中でそのシステムが構築されるまでには、さまざまな挑戦があった。

STORY1

昭和基地のエネルギー問題

氷におおわれる南極大陸

氷に覆われる南極大陸

周囲と隔絶された基地の最大のエネルギー源は燃料だ。しかし、輸送量の問題や増える電力消費量に対応するには、燃料以外のエネルギー源が必要だった。基地を保有する国立極地研究所(以下、極地研究所)が、新たなエネルギー源として「現地で調達可能な再生可能エネルギー」の導入の検討を開始したのが事の始まりである。

燃料は、南極観測船「しらせ」で輸送される。そこで問題になるのが、「しらせ」で輸送する物資の半分以上は燃料で占められていることだ。このため観測機材など本来の観測活動に必要な機材の輸送量が制限され、複数年かけて分割して輸送する対応をとっていた。

さらに、観測に使用する機器は全て電気エネルギーを必要とするため、機器の高度化につれて電力消費量は増加。燃料以外のものを輸送するスペースを確保しつつ、増える電力消費量に対応するための対策が必要となる。

そこで極地研究所は新たなエネルギー源の確保を目指し、風力・太陽光など「現地で調達可能な再生可能エネルギー」の導入の検討を開始したのだった。

南極観測船「しらせ」

南極観測船「しらせ」

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STORY2

日新電機の太陽光発電システム事業

当時、日新電機は太陽光発電用のパワーコンディショナを開発・製品化した末に、システム事業に着手していた。まだ設計・製造・施工まで一括して手掛けるメーカーは珍しく、日新電機が納入したシステムを極地研究所が視察したことをきっかけに基地の設備開発が始まった。

過酷な自然環境下にある"南極 昭和基地"への設備設置は、日新電機にとっても大きなチャレンジだった。

1970年代の石油ショック後、有限である化石燃料に頼らない新たなエネルギーを模索する声が世界的に高まっていた。当時の日本の一次エネルギーにおける石油依存率は約80%と、ほとんどが海外からの化石燃料に依存しているような状況だ。そこで日本でも1974年に、脱石油を目的とした国家プロジェクト「サンシャイン計画」が始まることになる。

日新電機も研究を重ね、太陽電池で発電した電力を電気系統に接続し、広く活用するためのパワーコンディショナの開発・製品化に成功。しかし当時の太陽光発電設備は非常にコストが高く、人里離れた場所での単独利用に限られていた。

山梨県営丘の公園95kW太陽光発電システム

山梨県営丘の公園95kW太陽光発電システム

その上夜間の電力を賄うためには昼に発電した電力を貯める蓄電池も必要としたため、さらにコストが掛かる。日新電機はこのシステム構造から蓄電池をなくすことはできないかと考え、1984年に既存の電気系統に接続し電力を供給できる「系統連系太陽光発電システム」を実現する。

1990年代に入り、環境対策として国が太陽光発電を推進する助成制度を制定したのに伴い、日新電機は太陽光発電システム全体を納入する事業をスタート。1997年には京都で開催されたCOP3で「京都議定書」が制定され、国内でも環境・エネルギー問題や新エネルギーの活用に大いに注目が集まることとなる。

システム事業に着手した日新電機は、1993年に山梨県営丘の公園に100kW規模のシステムを納入。1994年1月には太陽光発電システムを手掛ける事業部を発足させ、その4月に井筒が入社する。

極地研究所が太陽光発電の導入の検討を始めたのがこの頃だ。

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STORY3

プロジェクト開始にあたっての検討

まず「そもそも南極で太陽光発電に十分な発電能力が確保できるか否か」を確認することが必要となり、検証担当者として井筒が日射エネルギー量の理論的な算出に挑戦することとなる。

「今でこそ各地点での発電量予測ソフトが存在しますが、当時はそのようなツールも無い状況。プログラムを手作りして試算を行いました。今からは考えられない手作業でしたね」と語る井筒。

社内での検討に加え、極地研究所の協力の下現地に試験的に機器を設置するなどさまざまなデータ収集・解析を行い、プロジェクトは本格的にスタートしたのだった。

まだ若手社員だったときに始まった大プロジェクト。日射エネルギー量の理論的な算出にあたり、井筒はこう振り返っている。

「手作りのプログラムでは時刻ごとの太陽位置の算出、それに基づいた太陽電池への入射角、空気により吸収率を考慮した太陽電池面での日射強度などを算出しました。Excelのグラフ機能を使い、1日の中でどのように数値が変化するかをアニメーションのように見せる工夫もしましたね」。

問題は1つでは終わらない。「太陽電池は南極の環境下(特に低温や強風)で耐えられるのか」という問題もあった。これについては耐風速値など可能な限りの確認を社内で行った後、95年には実際に太陽電池パネル2枚(開放電圧、短絡電流計測用)+日射計+気温計+データロガからなる実験装置の現地設置を極地研究所に提案。1年間計測されたデータの収集・解析を行った。

現地で得られた気象データを基にプログラムで試算した結果、京都に太陽光発電を設置する場合の約7割程度の発電量は得られることを確認。さらに1年間の耐久試験では太陽電池パネルの破損等の問題が発生しないことが確認でき、プロジェクトは熱を上げていくこととなる。

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STORY4

課題への対応

プロジェクトでは、南極で使える・維持できるシステムにするための課題があった。南極の寒冷な気温・強風・塩害や雪などの環境的課題、設置するための構造的課題、現地で活用できるものにするための技術的課題…そういった課題をクリアするためにさまざまな工夫を重ねた。

その中でも技術的課題の解決には、日新電機の技術力が発揮されている。既存電力系統に接続した際、太陽光発電システムで生み出した電気を優先して使う設定にするのだが、発電機は稼働下限値を下回ると不具合が生じる。そこで負荷電力を監視することで、太陽光発電量の超過を回避し発電機の出力を一定以上に維持する制御機能を追加した。

こうした課題に対する取り組みが、今もノウハウとして活きている。

1996年から実際の設備として10kW発電用太陽電池パネルを設置し、その翌年にはもう10kW分のパネルを追加した上でパワーコンディショナを設置。以降毎年設備を増やしながら、順調に出力を上げていく。

プロジェクトにおける課題には、下記のような対策を講じることで対応してきた。

1極寒に耐える

氷の大地・南極にある基地の年間平均気温は-10℃前後。それに対し太陽電池の標準使用温度範囲の下限値は-20℃だ。日によっては大幅に下回ることもあるが、型式試験で-40~85℃の温度サイクル試験を行っていることから、極地研究所・太陽電池メーカーと調整の結果、対応可能と判断した。

基地の平均気温は気象庁が公開している2013~2015年のデータを参考にしています。

2強風に耐える

基地は最大瞬間風速61.2m/sという猛烈な風にさらされることもある。さらに、高緯度である=太陽高度が低いということから、パネルの傾斜角を70度と立てて設置する必要があり、風に対する強度が問題となった。

そこで、パネルの固定点数を4点→6点とし、設置方法を強固なものにすることで風に耐えられるようにした。

3塩害・雪に耐える

外気にさらされるのは太陽電池・パネルだけではなく、太陽電池パネルの架台や接続箱も塩害や雪などに耐えられるものでなければならない。そのため、扉構造、パッキン、材質(ボルト・ナット・鋼材)などを見直して対応し、低温対応および耐塩構造を徹底した。

4軽量化の追求

国内で当たり前のように使用している重機も、設置候補場所の環境によって使用できない状況にあった。そこでパネルの架台について、一部材当たり10kg以下で構成するよう設計を行い、人の手で設置できるようにしている。これに伴い部材点数がどうしても増えることになるのだが、組立は現地で観測隊が行うこととなるため、日新電機の工場で観測隊員に対し組立訓練を実施するという交流もあった。

架台に関しては、工事部門による社内協力が井筒の中で印象深く残っている。

架台を組み上げる観測隊員

架台を組み上げる観測隊員

「南極で吹き荒れるブリザード(吹雪)には、氷の粒が混じっています。これがパネルに当たって傷ができないようにパネルを地面から2m上に設置することが必要だったため、特別仕様の架台を用意しました。設計は、当社でさまざまな架台を設計したベテランが担当してくれました。観測隊員が手で組み上げるので、初心者にも組みやすい部材構成で、組み上がれば頑丈になるような設計です。今でも架台はそのまま使えているので、手前みそですがプロの仕事は違う、と思いました」。

5発電機との保護協調

太陽光発電で得た電力を既存の発電設備(ディーゼル発電機)で作られた電力と同じように使えるようにするには、基地の電気系統に太陽光発電システムを接続することが必要になる。また、日本の大容量の電気系統に比べてはるかに小規模な地のシステムに、納入を予定していた50kWの太陽光発電システムを接続したときにどのようなリスクがあるか、という検討も必要だった。要するに、太陽光発電システム側に何らかの異常があった場合に発電機に影響を及ぼさないことが必須だったのだ。

そこで発電機メーカーと日新電機で検討を行い、国内の標準的な設備であれば不要である過電流継電器を設置するなど、太陽光発電システム側の異常があれば高速で系統から遮断し、発電機側に異常を波及させないような対策を実施した。

この検討が、小規模な発電系統でも太陽光発電を組み込んで制御するノウハウを得ることにつながったという。

6発電機出力の下限値制御

電力系統制御においては燃料節約のため、太陽光発電システムで生み出した電気を優先して使う設定になっている。しかし太陽光発電出力が大きいと発電機の出力は小さくて済むものの、発電機には定格の40~100%の運転可能範囲が存在した。そして下限値を下回ると発電機が不完全燃焼を起こして"すす"が発生、装置の劣化を招く危険が生じる。そのため負荷電力を監視することで太陽光発電量の超過を回避し、発電機の出力を維持する制御機能を追加することになった。

この経験もまた、今に活きている。
「この現象は当時日本では起きないと考えられていましたが、太陽光発電システムの増加により、2015年に日本でも発生しました。そのため新規の太陽光発電システムの電力系統への接続は、各電力会社が全体のバランスを見て調整するようになってきました。太陽光発電の普及につれて新たな技術的課題も生まれていますが、その課題解決にいち早く取り組めるのも、この南極のシステムでのさまざまな経験のおかげだと実感しています」。

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STORY5

初納入の成功と設備の拡充

システム完成時、観測隊員と記念撮影(一番左が井筒)

システム完成時、観測隊員と記念撮影
(一番左が井筒)

多くの課題を乗り越え、基地の太陽光発電システムは1996年から毎年少しずつ容量を増やし、ついに2001年に最後の工事を行うことになる。これまでは課題への検討やデータ検証・解析を日新電機が行い、現地での作業は南極観測隊によって行われてきた。しかしこの最後の工事には井筒も南極観測隊として参加し、自らの手で太陽光発電システム全体を完成させたのだった。

「現地でさあ設置と思いきや、平らな地面が少ない。土を平らにしようにもまずは氷を溶かすところからの作業で、社内の協力者に連絡を取りたくても通信は当時FAXか1分数千円の電話。そんなこともあってかなりのハードスケジュールでしたが、観測隊の皆さんの協力を得ながら無事完成にこぎつけました。滞在は2カ月間でしたが、帰るときは同志たちと別れがたく涙が止まりませんでした」。

さまざまな課題に直面しながらも「苦難」ではなく「挑戦」として取り組んだという井筒が語る顔は晴れやかだ。そんな経験を共にした井筒と観測隊メンバーとの交流は、今も続いているという。

晴れて観測隊として南極の地に足を踏み入れた井筒。
「行ってから動かないというのは最悪ですから、ずいぶん準備に時間を掛けました。太陽電池パネルの置き方ひとつをとっても、沈まず地表近くをぐるっと回っている太陽の光を最大限受け続けるために「ハの字」型を編み出しました。密集するとお互いの影で発電効率が落ちるので、離す距離を計算しました。そして現地で作業を始めた時に困ったのが地面の氷。溶かしてから架台の固定作業を行うのですが、翌日再開しようとしたら日陰の地面が再び凍っていたりして大変でしたね」と振り返る。

設置完了後にも想定外の事象はあり、氷などの衝突によりパネルのガラス面に破損・ひび割れが生じ、太陽電池の性能低下が発生した。これについては、発電能力が大きく低下したものは基地の方に交換作業をお願いする形で対応。現在も太陽光発電システムは稼働を続けている。

「ハの字」型に設置されたパネル

「ハの字」型に設置されたパネル

基地に設置されている50kW太陽光発電システムは、基地内で消費する電力の2~3%を賄う貴重なエネルギー源。2016年度には更新も行い、これからも電力を生み続けることだろう。

「当時と比べると、現在は太陽光発電を含め再生可能エネルギーが『環境にやさしい』だけでなく『実際に使える』ものだということがかなり知られるようになってきたと思います。当社は多様なエネルギーをまとめて賢く使うシステム全体を提案する力があるので、具体的な『使える』選択肢をもっと見せたいと思っています」。

再生可能エネルギーの普及を目指し、井筒は今もさまざまな案件の技術的課題の解決に取り組んでいる。

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国立極地研究所

気象庁サイト

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